放射線の話題紹介

先端治療技術「がん細胞だけを狙い撃ち」始まる

 がん治療の3本柱である手術、薬物治療、放射線治療の治療方法は三者三様です。しかし、正常な細胞や組織を傷つけない治療へと変身しつつある点は共通しています。放射線治療には、重粒子線、陽子線に続いて登場したのは、正常細胞を侵さない中性子線が登場しました。すなわち、がん細胞だけを狙い撃ちして破壊する先端技術「ホウ素中性子捕捉療法」(BNCT)が、本格的な普及に向けて動き出したのです。(2013年1月6日 読売新聞)

化学、機械メーカーや京都大などが開発した技術を組み合わせ、薬事法の承認に向けた世界初の治験がすでに始まっており、実用化が進めば、がん患者にとっては朗報となりそうです。

現在、外から重粒子線などをがん細胞に放射する治療法は確立されていましたが、周辺の正常な部位にも影響を与える可能性がありました。これに対して、BNCTはホウ素薬剤をがん細胞に取り込ませて中性子線を照射し、がん細胞だけを破壊するため、副作用や患者の負担が少ないのが特徴です。

 このホウ素中性子捕捉療法(BNCT)の原理は、がん細胞に取り込まれやすいホウ素薬剤をあらかじめ投与し、がん細胞にホウ素薬剤が集まった時に中性子を照射します。
ここで使われるホウ素薬剤(ホウ素−10)は中性子と反応しやすいものを使用します。また、照射する中性子もホウ素との反応は大きいが低エネルギーの熱中性子を照射します。
ホウ素−10が中性子を取り込むと核反応が起こり、強力な細胞殺傷力を持つ重荷電粒子(ヘリウムとリチウム)に分裂します。分裂した重荷電粒子が飛ぶ距離は細胞一個分であるため、その細胞一個分のみを破壊します。【画像:大阪府熊取町HPより
ホウ素−10を取り込んだがん細胞はこの反応により破壊されます。しかし、ホウ素−10を取り込んでいない正常細胞は熱中性子の影響がありません。
このようにホウ素中性子捕捉療法(BNCT)は、がん細胞にホウ素を取り込ませて、中性子線を人体に影響が少ない低エネルギーで照射します。すると、ホウ素と中性子が反応してアルファ線が出ます。アルファ線には細胞を殺す強い働きがあります。その飛距離は細胞1個分以下と短いので、周りの正常細胞に影響を与えず、そのがん細胞だけを選択的に破壊するので、体にやさしいがん治療法であるというわけです。
 
 ただ、中性子を発生させるには原子炉が必要だったことなどから、医療機関に装置を配備して治験することができず、実用化のめどが立っていなかったのです。こうした中、化学メーカーのステラケミファ(大阪市)の子会社が、大阪府立大の協力を得て、がん細胞だけに取り込まれる精度の高い薬剤を開発。住友重機械工業(東京)と京都大原子炉実験所は原子炉を使わずに、陽子や電子などの粒子を加速させて中性子を発生させる加速器(長さ18メートル、幅15メートル)を共同開発しました。
 
 双方の技術を合わせる形で、大阪医科大で脳腫瘍の治験が始まっているほか、総合南東北病院(福島県郡山市)でも、院内に加速器を設置して2014年度から頭頸部がんの治験を始める計画で、各地で実用化に向けた様々な取り組みが進んでいるそうです。

 臨床研究を初めて行ったのは米国ですが、いまでは日本が世界をリードしているようです。京大原子炉実験所(大阪府熊取町)や日本原子力研究開発機構(茨城県東海村)などの原子炉を利用して多くの医療機関が臨床研究に参加、これまで数百件の治療が行われているそうです。
 
 この治療法で、適応となる「がん」の中では、すでに実績の多い疾患として脳腫瘍、再発頭頸部がん、悪性黒色腫など、今後、さらなる研究が必要な疾患は、肺がん、肝臓がん、中皮腫などだそうです。その他にも、腫瘍にいかに効率的にホウ素を集めるかなど、研究段階でまだまだ問題点もあり、データも十分ではないと言われていますか、この治療法が原理的にも従来の放射線治療と比べて画期的なことは間違いないでしょう。(TN)




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